ウィングダイバー百合
「あらかた殲滅できましたね、先輩」
「待って」
先輩の静止は小声でもよく聞き取れる。 速やかに視界の端でレーダーの赤ポイントを確認した。 7時の方向、100m先に1匹。武装はボルトガンRAに切り替えておく。
「やれるか、新入り?」
「はい!」
照準を合わせ、ベータ侵略生物を屠る。 と同時に緊急チャージが始まり、ピウンピウンと喧しいアラーム音が周囲に響き渡ってしまった。
「あっ」
あぁ……やってしまったか。
緊急チャージはエネルギー管理ができていない証拠、訓練学校で嫌というほど叩き込まれた常識の1つだ。
「どうした?」
「あっ、いえ、その……緊急チャージしてしまって、私もまだまだだなと……」
「ここじゃよくあることだ。あえて緊急チャージすることで、速やかにエネルギーを満タンにするテクニックもある」
「そ、そうなんですか?」
「エイリアン相手にはマニュアルじゃ立ち向かえない。覚えておけ」
先日初陣を飾ったばかりの私にとって、先輩の金言は全て新鮮だ。頭によくよく刻んでおこう。
「残り1匹ですね」
「いや、あれは残しておけ。アイテム回収にかかるぞ」
「何故です?」
「敵勢力を全滅させたら直ちに引き上げ命令が出されるからだ。特に緑色の箱が大事だから、くれぐれも取りこぼすなよ」
「はっ、了解です!」
しばらくして、目ぼしいものはあらかた取り終えた。
「これぐらいでいいですかね」
「ああ、終わらせてくれ」
私はボルトシューターRAに切り替え、最後の1匹に照準を合わせる。 ベータ戦略生物……私達が普段"クモ"と呼称している生物の縮尺を100倍ぐらいにスケールしたそれは、紫色の体液を吹き出し、断末魔をあげ、回復アイテムの束を吐き出し、最後はただの肉片として地面に転がった。
ごめんなさい、などという感情ももはや湧いてこない。 私達は地球を蝕む害虫を、淡々と駆除している。ただそれだけだ。
《よくやった、ウィングダイバー。早速だが別の箇所で新型エイリアンの報告が……》
無線機はノイズ混じりに新たな戦場の有りかを示す。
「ハァ、日本中行ったり来たりで私達も引っ張りダコですねぇ……先輩?」
先輩が構えるプラズマ・グレートキャノンの照準は、紛うことなく私に向けられていた。
それは引き金さえ引けば、いつでも発射できる状態にある。
「先輩……例え冗談だとしても、そういった行為は遊びで済まされませんよ? 難易度INFERNOなんで味方からの被弾率は100%。 爆風で先輩も私も吹き飛んで死にます」
「……"INFERNO"って何だ?」
「えっ……あれ、私、何か言いました?」
「そういう単語が口から出るあたり、お前は既に……向こうの人間なのか?」
「っ……何の……事ですか?」
「とぼけるな。結論から言おう。戦闘中我々は何者かに操られ、何度も同じ戦場をループしている。 そうでなきゃEDFの武器庫がこんなにも充実しているわけないし、我々が最初からフェンサー並の耐久値を有しているはずがない」
「先輩、こんな悲惨な戦場に何度も駆り出されてショックなのは分かりますが、その……頭の方は大丈夫ですか?」
「私は至って冷静だ!」
叫び声を聞きつけたのか、周囲の兵士が何事かとぞろぞろ集まってくる。
「お前にも覚えがあるはずだ。敵を殲滅し終えた後、唐突に視界がブラックアウトし、気がつくと我々は次の戦場に駆り出されている。我々はこれを繰り返すだけの道化として遊ばれているに過ぎない……それこそマザーシップを破壊するまでの間ずっとだ」
「……っ」
「もうじき我々の意識は失われ、本ミッションはクリアしたという結果だけが残る。我々の生死に関わらず、だ。そして私もお前も有象無象の1つに戻る。私はどうなっても構わないが、お前にはお前のままでいてほしい。だからお前に私を刻みたい」
「それで……私を殺すんですか?」
「逆だ。命令する、私を殺せ」
「え……?」
「これは私がお前に向ける一方的な好意であり、呪いだ。次の戦場で私を殺したという記憶を刻み続けろ。我々を弄ぶ者共に中指を突き立ててやれ。そしていつの日か、絶対にマザーシップを破壊しろ」
「無茶苦茶ですよ……」
「では3数える前に撃つ。その前に撃ち返せ。3, 2, ...」
「先輩」
「何だ」
「1つだけ教えてください、何故私にだけそんな……?」
「簡単な理由だ。至極簡単な理由……お前が初めて私を慕った大事な後輩だからだ」
「……分かりました、ありがとうございます」
私はプラズマ・グレートキャノンの射線上を歩み寄った。
「そこまで言うなら、私を撃って証明してください」
「何故だ」
「私馬鹿だから、先輩の言っている事が本当か嘘か判断できません。でも貴女は私にとって初めての先輩だからです」
「……馬鹿が」
どうかしてるだの、止めろだの、私達を引き止める隊員の野太い野次はもう聞こえない。
閃光が私達を包んだと思った直後、22649ダメージをまともに正面からくらい、私はこのイカレた先輩と心中した。 周囲から見るとそう思えるだろう。
ブリーフィングルームの外に出ると、見知った顔が目に入った。
「先輩!今日も楽しいカエル狩りの時間ですね!」
「新入り……ひょっとしてお前覚えてないのか?」
「……?」
先輩は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているが、何か気に障る事でも言っただろうか?
※これは百合SS Advent Calendar 2017の24日目として書かれた文章です。 adventar.org
ウィングダイバーの武器スペックについては、以下のWikiを参考にさせて頂きました。 ウイングダイバー - EDF5:地球防衛軍5@Wiki - アットウィキ